BLOG

五目並べ(赤坂)

2020/08/20

《五目並べ》

 

今年はコロナの影響で学校はもう2学期が始まっています。
例年ならまだ夏休みですよね。
私は子供の頃、夏休みというと8月の第2週は必ず母の実家へ遊びに行くことが慣例となっていました。
母の実家は今の浜松市天竜区のあたりになります。
川遊び、虫捕り、BBQ、花火などで遊びまくりました。

小学4年生の時のことです。

例年のように遊びに行っていると祖父が「囲碁をやらないか。」と突然声をかけてきました。
ただし、教えてくれたのは本格的な囲碁ではなく『五目並べ』というものでした。
黒と白の碁石を交互に打ち合い、自分の色を五つ並べたほうの勝ちという簡単なルールのものでした。
全く知識のない私に最初の5戦程、祖父は私に教えながら打ってくれました。

「この形が四・三。この形を作れば勝ちが決まるんだよ。」
「そこにお前が石を置くとさっきの四・三ができてしまうよ。」
「ここの石を1目空けてもさっきの形は作れるよ。」

祖父に教えてもらううちに、私は五目並べにすっかりのめり込みました。
しかしこの年は祖父に一度も勝てないまま豊橋に帰りました。初対戦から少なくとも50戦は勝負したのに…( ;∀;)

翌年の夏も祖父に挑みました。
結果、また一度も勝てませんでした。

さらに翌年、小6の夏も祖父に挑戦しました。
すべて返り討ちにあいました。
『じいちゃん、恐るべし。』
祖父は私に強烈にこの印象を与えてくれました。
豊橋に帰るなり、五目並べの本を母にねだりました。
『何とか1勝したい!』という強い思いが止まらなかったからです。
私はそれから五目並べの勉強を少しずつ続けました。

しかし、祖父へのリベンジは結局かないませんでした。
その年の冬、祖父は心臓発作で亡くなってしまいました。
孫を相手に全く手を抜かず、勝ちをこれっぽちも譲らない子供のような面を持つ祖父でした。
中学生になった私は、間違いなく祖父に1勝はできる腕前になっていたはずです。
きっと祖父は私に負けるのが嫌で、私が中学生なる前にあの世に旅立だったんだと、今でも私は思っています。

今でもこの時期になると、祖父とのこの思い出が鮮明によみがえります。
思い出はとは心のアルバムに残る宝物ですね。

(赤坂)